伊達政宗の国語テスト三日月のかぶとの「独眼竜」

伊達政宗のイラスト
伊達政宗(だて まさむね) 1567年〜1636年
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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

黒い甲冑に、大きな三日月のかぶと。伊達政宗は、戦国武将の中でもとびきり見た目が格好いい人です。けれども政宗は、子どものころに右目を失っています。ハンデを抱えた少年が、どうやって東北一の武将になったのでしょうか。

右目を失った少年

政宗は、出羽の国(今の山形県)に生まれました。五歳のころ、天然痘という重い病気にかかります。命は助かりましたが、右目が見えなくなり、目玉が飛び出したままになってしまいました。

自分の顔に自信が持てず、政宗はふさぎこみます。母もそんな政宗を遠ざけたと伝えられます。

そんな政宗を変えたのが、家来の片倉小十郎でした。小十郎は「殿、その目は敵に見せる顔ではございませぬ」と言い、飛び出した右目を切り取ったといわれます。痛みに耐えた政宗は、そこから変わりました。心と体をきたえ、みずから前に出るようになったのです。

やがて政宗は「独眼竜」と呼ばれるようになります。片目でも竜のように強い、という意味です。十八歳で家をつぎ、次々と周りの大名を従えて、二十代前半で東北の南半分を手にしました。

「伊達者」——おしゃれの語源になった男

政宗は、とにかく見た目にこだわる人でした。

自分の軍には金や銀で飾った派手な装備をそろえ、京都に上るときには家来たちに黒地に金の陣羽織を着せて行進させました。その姿があまりに華やかで、都の人々が目を見張ったと伝えられます。

ここから、おしゃれで格好つけている人のことを「伊達者」と呼ぶようになりました。今でも「伊達メガネ」という言葉が残っています。度が入っていない、見た目だけのメガネのことです。四百年前の武将の名前が、今の日本語に生きているのです。

ただし政宗のおしゃれは、単なる見栄ではありませんでした。「伊達政宗という男がいる」と世に知らしめるための、いわば宣伝でもあったのです。

海の向こうへ船を出す

政宗が生まれたのは、信長や秀吉より三十年ほど後でした。政宗が力をつけたころには、すでに天下は秀吉のものになっています。「もう二十年早く生まれていたら天下を取れた」と言われるゆえんです。

それでも政宗はあきらめませんでした。一六一三年、政宗は大きな船「サン・ファン・バウティスタ号」を造らせ、家来の支倉常長をヨーロッパへ送り出します。太平洋を渡り、メキシコを経て、スペイン、そしてローマ教皇のもとへ——七年がかりの大旅行でした。

当時の日本人で、そんなことを考えた大名はほとんどいません。政宗は、日本の外に目を向けていたのです。

晩年の政宗は、仙台の町づくりに力を注ぎました。町のあちこちに木を植えさせ、川から水を引き、田んぼを広げます。仙台が「杜の都」と呼ばれ、ずんだもちが名物になっているのは、政宗が残したものなのです。

伊達政宗の年表

1567年出羽の国(今の山形県)に生まれる
1572年ごろ天然痘にかかり、右目を失う
1584年十八歳で伊達家をつぐ
1590年秀吉に従い、東北の大名として認められる
1601年仙台に城と町をつくりはじめる
1613年支倉常長をヨーロッパへ送り出す
1636年七十歳で亡くなる

もっと知りたい 伊達政宗の豆知識

「伊達メガネ」は政宗から

おしゃれで見た目にこだわる人を「伊達者」と呼んだことから、飾りだけのメガネを「伊達メガネ」と言うようになりました。

料理が得意だった

政宗は自分で台所に立ち、家来にふるまうこともあったといいます。「食事は人をもてなす大切なもの」と考えていたようです。ずんだもちも政宗が広めたと伝えられます。

三日月のかぶとの意味

政宗のかぶとの大きな三日月は、月を神さまとしてまつる信仰にもとづくものといわれます。左右どちらかに寄せてあるのは、刀を振るときに邪魔にならないための工夫です。

伊達政宗のテスト(小学1・2年生用)

印刷せずに、この画面のまま読んで答えることもできます。 答えはいちばん下にあります。

読みもの

伊だ達て政まさ宗むねは、陸む奥つの国くに(今いまの宮みや城ぎ県けん)のぶしょうです。子こどものころ、びょうきで右みぎ目めが見みえなくなりましたが、くじけずに心こころと体からだをきたえました。やがて、黒くろいよろいに三みか日づ月きのかぶとをつけたすがたから「独どく眼がん竜りゅう」とよばれ、東とう北ほくで一いち番ばん強つよいぶしょうになりました。

政まさ宗むねはおしゃれでもゆう名めいで、かっこいい人ひとを「伊だ達て者もの」とよぶのは、政まさ宗むねの名な前まえからきたといわれています。

また、政まさ宗むねは外がい国こくにも目めをむけ、大おおきな船ふねをつくって、けらいを遠とおいヨーロッパへおくりました。

政まさ宗むねがつくった仙せん台だいのまちには、たくさんの木きがうえられ、「もりのみやこ」とよばれています。仙せん台だいみそや、ずんだもちなどのおいしい食たべものも広ひろめました。

えらぶ問題

  1. 政まさ宗むねは何なんとよばれていましたか?

    • ①雷らい神じん
    • ②独どく眼がん竜りゅう
    • ③武ぶ神じん
  2. 政まさ宗むねが広ひろめた食たべものはどれですか?

    • ①仙せん台だいみそ、ずんだもち
    • ②すきやき
    • ③ラーメン

書く問題

  1. 政まさ宗むねのかぶとについていたものは何なんでしょうか?

  2. 仙せん台だいのまちは今いま、何なんとよばれているでしょうか?

漢字の問題

かん字に直して書きましょう。

  • ⑴はる
  • ⑵ふゆ
  • ⑶かたち
答えを見る

えらぶ問題 ⑴②⑵①

書く問題⑴みかづき ⑵もりのみやこ

漢字⑴春 ⑵冬 ⑶形

書く問題は、答えと言葉づかいがちがっても、 意味が合っていれば○にしてあげてください。

プリントの見本

👨‍👩‍👧 おうちの方へ

「右目が見えなくなったのに、どうして強くなれたと思う?」と聞いてみてください。地図で仙台を探してみるのもおすすめです。

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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

伊達政宗に会いに行く

  • 仙台城跡仙台市青葉区

    政宗が築いた城の跡です。馬に乗った政宗の銅像が立ち、そこから仙台の街を一望できます。政宗が見ていた景色に近いはずです。

  • 瑞鳳殿仙台市青葉区

    政宗の墓所です。杉の並木を登った先にあり、色鮮やかな装飾がほどこされています。おしゃれにこだわった政宗らしい建物です。

  • 宮城県慶長使節船ミュージアム宮城県石巻市

    政宗が支倉常長をヨーロッパへ送り出した「サン・ファン・バウティスタ号」に関する資料を展示しています。

※ 開館日・時間・料金は変わることがあります。おでかけの前に、 各施設の公式ページでご確認ください。

戦国時代の合戦をあつかった「戦国合戦シリーズ」(小学3・4年生用)もあります。