山本勘助の国語テスト実在さえ疑われていた軍師

山本勘助のイラスト
山本勘助(やまもと かんすけ) 生年不明〜1561年
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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

山本勘助の名前は、戦国好きなら誰でも知っています。それでいて、長いあいだ「実在しなかった人物」と考えられてきました。流れが変わったのは一九六九年。北海道で見つかった一通の古文書がきっかけでした。

軍師とは、何をする人か

山本勘助は、武田信玄に仕えた軍師だと伝えられています。軍師の仕事は、自分が槍をふるうことではありません。どこに陣を敷くか、いつ攻めるか、どう兵を動かすか。それを考えて主君に伝えるのが役目です。

『甲陽軍鑑』という書物には、勘助は片方の目が見えず、足も不自由だったと書かれています。見た目で判断されがちな時代に、信玄はその頭脳を買って召し抱えた、という話です。

きつつき戦法

一五六一年、武田軍と上杉軍が川中島で向き合いました。このとき勘助が立てたとされるのが「啄木鳥(きつつき)の戦法」です。

きつつきは、木をつついて中の虫を外へ追い出し、出てきたところを食べます。それと同じように、軍を二つに分け、一隊が上杉軍の背後から攻めて追い立て、下りてきたところを本隊で討つ——そういう作戦でした。

見破られた日

ところが上杉謙信は、これを見破ります。武田の別働隊が動くより先に、霧にまぎれて山を下り、武田の本隊の正面に現れました。待ち伏せるはずが、逆に少ない人数で主力とぶつかることになったのです。

この戦いで、信玄の弟・武田信繁をはじめ多くの武将が倒れました。勘助も、自らの策が招いた結果に死を覚悟して敵陣へ突撃し、討ち取られたと伝えられています。

ただし『甲陽軍鑑』は江戸時代に成立した軍学書です。きつつき戦法も、勘助の最期も、史料で確かめられてはいません。

実在しなかった、はずの人

勘助の話はすべて『甲陽軍鑑』に基づいていて、同時代の記録には出てきません。そのため研究者のあいだでは長く「後から作られた人物ではないか」と考えられてきました。

ところが一九六九年、北海道で市河(市川)家に伝わる古文書が見つかります。その中の、信玄が家臣の市河藤若に宛てた書状に、使者として「山本菅助」の名が記されていました。

少なくとも、信玄のもとに「やまもとかんすけ」という家臣がいたことは、これで確かめられました。『甲陽軍鑑』が描く軍師像と同じ人物なのかは、今も議論が続いています。

山本勘助の年表

生年不明三河とも駿河とも伝えられる土地に生まれる
1543年ごろ武田信玄に召し抱えられたと『甲陽軍鑑』は伝える
1561年川中島の戦いできつつき戦法を立てるが、上杉謙信に見破られる
同年敵陣へ突撃し、討ち取られたと伝えられる
1969年北海道で古文書が見つかり、「山本菅助」の実在が確かめられる

もっと知りたい 山本勘助の豆知識

名前は「菅助」と書かれていた

一九六九年に見つかった信玄の書状では、「勘助」ではなく「菅助」と記されています。当時は同じ読みでも字を使い分けることが多く、別人とまでは言えません。

築城の名人としても伝わる

川中島の近くにある海津城(のちの松代城)は、勘助が縄張りを手がけたと伝えられます。戦い方だけでなく、城の設計もできる人だったという話です。

墓は長野市にある

長野市松代町に勘助の墓と伝えられる石碑があります。討たれた場所から首と胴を合わせて葬ったという言い伝えから、近くには「胴合」という地名も残っています。

山本勘助のテスト(小学1・2年生用)

印刷せずに、この画面のまま読んで答えることもできます。 答えはいちばん下にあります。

読みもの

山やま本もと勘かん助すけは、武たけ田だ信しん玄げんの家け来らいで、「ぐんし」として信しん玄げんを助たすけました。ぐんしとは、刀かたなを使つかって戦たたかうのではなく、どう戦たたかうかを考かんがえる役やく目めの人ひとです。

勘かん助すけがてきと戦たたかうために考かんがえた作さくせんは「きつつき戦せん法ぽう」といいます。きつつきという鳥とりは、木きをつついて、中なかにいる虫むしを外そとへ追おい出だして食たべます。それと同おなじように、半はん分ぶんの兵へいで、てきを後うしろからつつき、出でてきたところを、のこりの兵へいでやっつける。そういう作さくせんです。

川かわ中なか島じまの戦たたかいで、勘かん助すけはこの作さくせんを使つかいました。ところが、てきの上うえ杉すぎ謙けん信しんに見みぬかれてしまい、武たけ田だ軍ぐんはたいへんなことになりました。勘かん助すけは、じぶんのせいだと思おもい、上うえ杉すぎの兵へいの中なかへ向むかっていき、そこで命いのちを落おとしたと伝つたえられています。

えらぶ問題

  1. 勘かん助すけが考かんがえた作さくせんの名な前まえは何なんでしょうか?

    • ①きつつき戦せん法ぽう
    • ②からす戦せん法ぽう
    • ③すずめ戦せん法ぽう
  2. 勘かん助すけはだれの家け来らいだったでしょうか?

    • ①織お田だ信のぶ長なが
    • ②武たけ田だ信しん玄げん
    • ③上うえ杉すぎ謙けん信しん

書く問題

  1. きつつきは、木きをつついて何なにを追おい出だしますか?

  2. きつつき戦せん法ぽうを見みぬいたのはだれですか?

漢字の問題

かん字に直して書きましょう。

  • ⑴つち
  • ⑵かお
  • ⑶あし
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えらぶ問題 ⑴① ⑵②

書く問題⑴虫むし ⑵上うえ杉すぎ謙けん信しん

漢字⑴土つち ⑵顔かお ⑶足あし

書く問題は、答えと言葉づかいがちがっても、 意味が合っていれば○にしてあげてください。

プリントの見本

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読み終わったら「どうしてきつつきって名前なんだろう?」と聞いてみてください。「虫を追い出すのと同じだから」と自分の言葉で説明できたら、文章の仕組みをきちんと読めています。

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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

勘助が仕えた「武田信玄」、見破った「上杉謙信」も、小学1・2年生用にあります。この戦い自体は「川中島の戦い」(小学3・4年生用)でくわしく読めます。