本多忠勝の国語テスト六十回近く戦に出て、傷ひとつ負わなかった男

本多忠勝のイラスト
本多忠勝(ほんだ ただかつ) 1548年〜1610年
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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

敵が、味方の大将をほめた記録があります。「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」——家康にはもったいないものが二つある、唐の頭(かしら)という飾りと、本多平八郎だ、という意味です。書いたのは、戦ったばかりの武田方の武将だったと伝えられています。

鹿の角の兜で、いちばん前に立つ

本多忠勝は、一五四八年、三河の国(今の愛知県)に生まれました。十三歳で初めて戦に出てから、徳川家康のそばで戦いつづけます。

家康を支えた四人の武将は「徳川四天王」と呼ばれました。酒井忠次、本多忠勝、榊原康政、井伊直政の四人です。

忠勝の姿は、戦場でひときわ目立ちました。大きな鹿の角をつけた兜をかぶり、肩から数珠をかけていたと伝えられます。遠くからでもすぐに分かる格好で、いちばん危ない場所に立っていたことになります。

「とんぼ切り」という槍

忠勝が使った槍には、蜻蛉切(とんぼぎり)という名がついています。御手杵・日本号とならぶ「天下三名槍」の一つに数えられる名槍です。

立てておいた槍の穂先に、飛んできたトンボが触れ、そのまま体が二つに切れた——名の由来は、この話だと伝えられています。もちろん、どこまでが本当かは分かりません。ただ、そう語り継がれるほどの槍だった、ということです。

敵が書き残した——一言坂の戦い

一五七二年、武田信玄が大軍を率いて攻めてきました。退く家康を守るため、忠勝は一言坂(今の静岡県磐田市)で最後尾に残り、追ってくる武田軍を食い止めます。

このときの働きに感心した武田方の武将・小杉左近が、「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」と書き残したと伝えられています。敵が敵をほめた言葉が残るのは、めずらしいことです。

同じ年の三方ヶ原の戦いでも、忠勝は敗れて逃げる家康を守りました。

それでも、傷ひとつ

一五八四年の小牧・長久手の戦いでは、豊臣秀吉の大軍の前に、わずかな手勢で立ちはだかったと伝えられます。秀吉はその姿を見て、忠勝を討つことを許さなかったといわれます。

関ヶ原の戦いにも出て、戦いのあとは桑名(今の三重県桑名市)十万石の城主になりました。

忠勝は生涯で六十回近くの戦に出たといわれますが、一度も傷を負わなかったと伝えられています。いちばん目立つ格好で、いちばん前に立ちつづけて、です。

本多忠勝の年表

1548年三河の国(今の愛知県)に生まれる
1560年十三歳で初めて戦に出る
1572年一言坂・三方ヶ原の戦いで、退く家康を守る
1584年小牧・長久手の戦いで、秀吉の大軍の前に立ちはだかる
1600年関ヶ原の戦いに出る
1601年桑名(今の三重県)十万石の城主になる
1610年六十三歳で亡くなる

もっと知りたい 本多忠勝の豆知識

敵が書き残したほめ言葉

「家康に過ぎたるものが二つあり、唐の頭に本多平八」。一言坂の戦いのあと、武田方の小杉左近が書き残したと伝えられます。平八とは、忠勝の通称「平八郎」のことです。

天下三名槍の一つ

忠勝の槍・蜻蛉切は、御手杵、日本号とならぶ「天下三名槍」に数えられます。穂先に触れたトンボが二つに切れたという話から、その名がついたと伝えられます。

最後の傷

晩年、小刀で手を切ってしまった忠勝は「本多忠勝も、ここまでか」ともらし、その数日後に亡くなったという話が伝わっています。生涯傷を負わなかったことと合わせて語られる逸話です。

本多忠勝のテスト(小学1・2年生用)

印刷せずに、この画面のまま読んで答えることもできます。 答えはいちばん下にあります。

読みもの

本多忠勝は、三河の国(今の愛知県)に生まれ、徳川家康の家来になりました。家康をささえた四人の強いぶしょうは「徳川四天王」とよばれ、忠勝はその中の一人でした。

忠勝は、「とんぼ切り」という名前のやりをてきと戦う時に使いました。ある時、立てていたやりの先に、とんできたトンボがふれて、体が二つに切れました。そんな話からついた名前です。それくらい、よく切れるやりでした。

大きなしかの角のついたかぶとをかぶり、この「とんぼ切り」を手にした忠勝は、戦場でいちばん目立つぶしょうでした。そんな忠勝は、一生のうちに六十回近くも戦に出たと言われています。それなのに、一どもきずを負わなかったと伝えられています。

えらぶ問題

  1. 忠勝のやりの名前は何でしょうか?

    • ①とんぼ切り
    • ②かみなり切り
    • ③かぜ切り
  2. 忠勝はだれの家来になったでしょうか?

    • ①織田信長
    • ②豊臣秀吉
    • ③徳川家康

書く問題

  1. 忠勝のかぶとには何がついていましたか?

  2. 家康をささえた四人は何とよばれましたか?

漢字の問題

かん字に直して書きましょう。

  • ⑴むし
  • ⑵たけ
  • ⑶いと
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えらぶ問題 ⑴① ⑵③

書く問題⑴しかのつの ⑵とくがわしてんのう

漢字⑴虫 ⑵竹 ⑶糸

書く問題は、答えと言葉づかいがちがっても、 意味が合っていれば○にしてあげてください。

プリントの見本

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読み終わったら「どうして一度もけがをしなかったんだと思う?」と聞いてみてください。答えのない問いですが、理由をさがそうとすること自体が、読む力になります。

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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

忠勝が仕えた「徳川家康」(小学1・2年生用)もあります。忠勝が家康を守った戦いは「三方ヶ原の戦い」(小学3・4年生用)で読めます。