直江兼続の国語テスト「愛」をかぶって戦に出た男

直江兼続のイラスト
直江兼続(なおえ かねつぐ) 1560年〜1619年
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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

戦国武将の兜といえば、角や鹿の角、三日月。そんな中で、直江兼続の兜には「愛」の一字が掲げられていました。戦いの場にはおよそ似合わない字です。ところがその由来は、今も決着がついていません。

「愛」の兜

兼続の兜は、今も米沢市の上杉神社に伝えられています。前立てに大きく「愛」の一字。戦国の兜の中でも、ひときわ目を引く姿です。

この「愛」が何を指すのかは、二つの説があります。一つは愛宕権現。勝軍地蔵を本地とする軍神で、武将の信仰を集めました。もう一つは愛染明王。こちらは仏で、武神とみる見方もあります。

どちらにしても、「人を愛する」という今の意味ではなかったというのが通説です。ただし、どちらが正しいかは決まっていません。

家康に言い返した手紙

一六〇〇年、徳川家康は上杉家に「謀反の疑いがある」と詰め寄ります。これに返事を書いたのが兼続でした。世にいう「直江状」です。

内容は、家康の言い分を一つひとつ退ける、堂々としたものだったと伝えられます。これに怒った家康が会津へ兵を向け、その隙に石田三成が挙兵した——関ヶ原の引き金になった手紙、という位置づけで語られてきました。

ただし直江状は原本が残っておらず、写しだけが伝わっています。後から作られた文章ではないかという説もあり、研究者のあいだで議論が続いています。

四分の一になっても、人を減らさなかった

関ヶ原で西軍が敗れ、上杉家は会津百二十万石から米沢三十万石へ。領地は四分の一になりました。

ふつうなら家臣を大量に解雇するところです。けれども上杉家は、家臣をほとんど召し放ちませんでした。禄を分け合い、武士が自ら田を耕しました。この方針を支えたのが兼続です。

そして最上川の治水に取りかかります。築かれた堤は今も「直江石堤」と呼ばれ、米沢に残っています。新田を開き、青苧(あおそ)という繊維の原料を育てて売り、藩の財政を立て直しました。のちの米沢織につながる産業です。

本を遺した人でもある

兼続は学問を好み、中国の詩文集『文選』を木版で刊行しました。「直江版」と呼ばれ、今も伝わっています。戦国武将が自ら本を出した例は多くありません。

集めた蔵書は禅林寺に納められ、のちに米沢藩の学問の土台になりました。刀を振るうだけでなく、国を立て直し、本を遺した人でした。

直江兼続の年表

1560年越後の国(今の新潟県)に生まれる
1581年直江家を継ぎ、上杉景勝の執政となる
1600年徳川家康へ「直江状」を送ったと伝えられる
同年関ヶ原で西軍が敗れ、上杉家は米沢三十万石へ移される
その後最上川に堤を築き、新田を開いて米沢を立て直す
1619年六十歳で亡くなる

もっと知りたい 直江兼続の豆知識

「愛」の兜は今も見られる

米沢市の上杉神社・稽照殿に、兼続の兜が伝えられています。前立ての「愛」は金色で、思いのほか大きいことに驚きます。

直江石堤は今も残っている

兼続が最上川沿いに築いた堤は「直江石堤」と呼ばれ、米沢市内に現存します。四百年前の石積みが、今も川の流れを受け止めています。

本を出した武将

兼続が刊行した『文選』は「直江版」として知られています。戦国武将が自分で木版を起こして本を出した例は、ほとんどありません。

直江兼続のテスト(小学1・2年生用)

印刷せずに、この画面のまま読んで答えることもできます。 答えはいちばん下にあります。

読みもの

直なお江え兼かね続つぐは、上うえ杉すぎ謙けん信しんのあとをついだ上うえ杉すぎ景かげ勝かつの家け来らいでした。兼かね続つぐのかぶとには、大おおきな「愛あい」の字じがついていました。

なぜ「愛あい」なのでしょう。これは、戦たたかいの神かみさまや仏ほとけさまの名な前まえからとったといわれています。人ひとを愛あいするという意い味みではなかったようです。ほんとうのところは、今いまもはっきりしていません。

関せきヶ原はらの戦たたかいで、上うえ杉すぎ家けは負まけたほうにつきました。そのため土と地ちをへらされ、米よね沢ざわ(今いまの山やま形がた県けん)へうつされました。ふつうなら家け来らいをやめさせるところですが、兼かね続つぐは、一ひと人りもやめさせませんでした。そして、みんなで土と地ちをたがやし、川かわの水みずをふせぐ「どて」をつくり、米よね沢ざわをゆたかな町まちに育そだてたのです。

えらぶ問題

  1. 兼かね続つぐはだれの家け来らいだったでしょうか?

    • ①織お田だ信のぶ長なが
    • ②上うえ杉すぎ景かげ勝かつ
    • ③武たけ田だ信しん玄げん
  2. 上うえ杉すぎ家けがうつされたのはどこでしょうか?

    • ①米よね沢ざわ
    • ②京きょう都と
    • ③江え戸ど

書く問題

  1. 兼かね続つぐのかぶとには何なんの字じがついていましたか?

  2. 川かわの水みずをふせぐために何なにをつくりましたか?

漢字の問題

かん字に直して書きましょう。

  • ⑴なつ
  • ⑵くび
  • ⑶おちゃ
答えを見る

えらぶ問題 ⑴② ⑵①

書く問題⑴愛あい ⑵どて

漢字⑴夏なつ ⑵首くび ⑶お茶ちゃ

書く問題は、答えと言葉づかいがちがっても、 意味が合っていれば○にしてあげてください。

プリントの見本

👨‍👩‍👧 おうちの方へ

読み終わったら「どうして家来を一人もやめさせなかったんだろう?」と聞いてみてください。土地が四分の一になっても人を手放さなかった、という判断の意味を、自分の言葉で考えられたら十分です。

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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

兼続が仕えた上杉景勝の養父「上杉謙信」も、小学1・2年生用にあります。関ヶ原のきっかけとなった戦いは「金ヶ崎の戦い」など、戦国合戦シリーズ(小学3・4年生用)で読めます。