手取川の戦いの国語テスト知らせが届かなかった夜

手取川の戦いのイラスト
手取川の戦い(てどりがわ の たたかい) 1577年・加賀の国(今の石川県)
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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

助けに行った城が、着く前にもう落ちていた。しかもそのことを知らないまま進んでいた——この戦いで織田軍がつまずいた理由は、強さでも弱さでもなく「知らなかった」ことでした。情報が届くかどうかで結果が変わる、という話は今の子どもにも通じます。記録がとても少ない戦いなので、わかっていることだけで組み立てた一枚です。

謙信が北へ出た

一五七七年、越後の国(今の新潟県)の上杉謙信が、能登の国(今の石川県)へ兵を進めました。ねらいは七尾城という大きな城です。

このころ織田信長は、北へ北へと勢力をのばしている最中でした。謙信が能登を取れば、その先で必ずぶつかります。信長にとって、見のがせない動きでした。

着いたときには、城がなかった

信長は柴田勝家に大軍をあずけ、七尾城を助けに向かわせます。勝家は織田家の中でも戦上手で知られた武将でした。

ところが織田軍が着く前に、七尾城は謙信に落とされてしまいます。そして織田軍は、そのことを知らないまま進み続けました。

気づいたときには、すぐ近くまで謙信が来ていました。助けるはずの城は、もうありません。

引き返す途中の川

勝家は戦わずに引き返すことを決めます。判断としては正しかったはずです。

けれども引き返す道には手取川がありました。もともと流れの速い川で、そこへ雨が降り、水かさが増えていました。

暗い夜の中、謙信が追いついて攻めかかります。川を渡って逃げる織田軍は混乱し、多くの兵が流されたと伝えられています。

記録がほとんど残っていない戦い

実はこの戦いは、くわしい記録がほとんど残っていません。信長の一代記である『信長公記』にも、まとまった記述がないのです。

そのため、兵の数も、どれくらいの被害が出たのかも、はっきりしません。よく引用される「溺死四千人」という数字も、当時の史料でたしかめられるものではありません。

それでも、謙信が勝ったという点は多くの資料が共通して伝えています。テストの本文も、そこまでにとどめて書いています。

手取川の戦いの流れ

1577年上杉謙信が能登へ兵を進め、七尾城をせめる
同年9月七尾城が落ちる。織田軍はまだ知らない
その直後柴田勝家の軍が到着。城がないことを知り、引き返す
同月手取川で上杉軍が追撃。織田軍が混乱する
1578年謙信が病で亡くなる

もっと知りたい 手取川の戦いの豆知識

有名な歌は、あとから作られたもの

「上杉に 逢うては織田も 手取川」という歌が知られていますが、これは後の時代に作られたものとされています。当時の人がよんだ歌ではありません。

「溺死四千人」の数字は確かめられない

この戦いを紹介するとき、よく「四千人が溺れた」と書かれます。ただしこの数字の出どころは当時の史料ではなく、本当かどうかはわかっていません。テストの本文では数を書かず、「多くの兵が流された」としています。

謙信は、次の年に亡くなった

手取川の戦いは、謙信が勝った最後の大きな戦いといわれます。翌一五七八年、謙信は病で亡くなりました。もう少し長く生きていたら、という話が今もされる武将です。

手取川の戦いのテスト(小学3・4年生用)

印刷せずに、この画面のまま読んで答えることもできます。 答えはいちばん下にあります。

読みもの

一五七七年、越えち後ごの国(今の新にい潟がた県けん)の上うえ杉すぎ謙けん信しんは、能の登との国(今の石いし川かわ県けん)へ兵へいを進すすめ、七なな尾お城じょうへせめ入りました。北へ力をのばす織お田だ信のぶ長ながにとって、これは見のがせないことでした。

信のぶ長ながは戦たたかいのうまさで知られた柴しば田た勝かつ家いえに大たい軍ぐんをあずけ、七なな尾お城じょうを助たすけに北へ向むかわせました。ところが織お田だ軍ぐんが着つく前に、謙けん信しんによって七なな尾お城じょうは落おとされてしまいました。(  )、織お田だ軍ぐんはそれに気づかず進すすみ続つづけたのです。気づいたときには、すぐ近くまで謙けん信しんが来ていました。

助たすけるはずの城しろが無なくなったことを知った勝かつ家いえは、戦たたかわずに引き返かえすことにしました。けれども、引き返かえすとちゅうにある手て取どり川がわは、流ながれが速はやいことに加くわえ、雨がふり、水かさが増ふえていました。そして暗くらい夜の中、謙けん信しんが織お田だ軍ぐんへこうげきをしかけてきたのです。織お田だ軍ぐんはこんらんし、手て取どり川がわをわたってにげましたが、多くの兵へい士しが川に流ながされたと伝つたえられています。

実じつはこの戦たたかいは、くわしい記録ろくがほとんど残のこっていません。それでも謙けん信しんが勝かったことは、多くの資し料りょうがつたえています。

えらぶ問題

  1. 文ぶんしょうに合あうものはどれですか?

    • ①織お田だ軍ぐんは七なな尾お城じょうが落おちたのを知しらなかった
    • ②謙けん信しんは手て取どり川がわで織お田だ軍ぐんに負まけた
    • ③柴しば田た勝かつ家いえが謙けん信しんをうち取とった
  2. 文ぶんしょうの(  )に入はいる言こと葉ばはどれですか?

    • ①しかし
    • ②そこで
    • ③つまり

書く問題

  1. 織お田だ軍ぐんは、何なにを知しらずに進すすんでいましたか?

  2. 信のぶ長ながが大たい軍ぐんをあずけたのはだれでしょうか?

漢字の問題

漢字に直して書きましょう。

  • ⑴くすり
  • ⑵はし
  • ⑶ぎんこう
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えらぶ問題 ⑴① ⑵①

書く問題⑴七なな尾お城じょうが落おちたこと ⑵柴しば田た勝かつ家いえ

漢字⑴薬くすり ⑵橋はし ⑶銀ぎん行こう

書く問題は、答えと言葉づかいがちがっても、 意味が合っていれば○にしてあげてください。

プリントの見本

👨‍👩‍👧 おうちの方へ

「どうして織田軍はうまくいかなかったと思う?」と聞いてみてください。「弱かったから」ではなく「知らなかったから」にたどり着けたら上出来です。知らせが届くかどうかで結果が変わる、というのは今の生活でも同じです。

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A4・横向き/1枚目が問題、2枚目が答えです

上杉謙信は、武田信玄と戦った川中島の戦いにも出てきます。どちらも小学3・4年生向けで読めます。